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大阪地方裁判所 昭和40年(わ)4943号 判決

被告人 森口和恭 外三名

主文

被告人四名はいずれも無罪。

理由

第一、公訴事実

本件公訴事実の要旨は、被告人らは、大阪市北区堂島船大工町五三番地に本店を置き、吹田市山田下二九七番地にスタジオ(千里丘スタジオ)を有する株式会社毎日放送(以下会社とよぶ)の従業員で、会社従業員の一部をもつて組織する民間放送労働組合近畿地方連合会加盟の毎日放送労働組合(以下組合とよぶ)の組合員であり、被告人森口は組合執行委員、被告人小山は昭和四〇年度春斗に際し、中央斗争委員であつたものであるが、会社と組合との間に発生した賃上げ要求に関する昭和四〇年度春斗の労働争議中、同年五月六日組合員らがストを行ない、これに対し会社側において技術制作部長田辺純一ら管理職員の手で同日午後一時から三〇分間千里丘スタジオ内Dスタジオにおいて雪印乳業株式会社提供の「ママの育児日記」のテレビ生放送を行なおうとしたが、組合員多数かDスタジオ副調整室を占拠したため、管理職員による同室の機械操作が不能となりDスタジオのカメラを使用して放送することができなくなつたので、急遽隣接のCスタジオのカメラ一台をDスタジオに運び、CスタジオのケーブルをDスタジオ西側出入口からDスタジオ内に引き入れて右カメラに接続し、前示生放送を実施しようとしたところ、被告人らは右放送を妨害しようと企て、他多数の組合員らと共謀のうえ、同日午後一時頃Dスタジオの西側出入口の外側に押しかけ、右のように会社側がDスタジオの外側からケーブルを引き入れたため出入口の扉を完全に閉鎖することができず扉に隙間ができていたので、その隙間からDスタジオ内部に向け、さらに出入口の扉を押し開けて同スタジオ内部に向け、前後約六分五五秒間にわたり携帯マイクを用いて労働歌を高唱し、「団交を開け」などシユプレヒコールし、あるいは手を叩くなど気勢をあげて騒音を発し続け、よつて前示生放送実施中のDスタジオ内マイクを通じて右騒音を生放送の音声に混入させ、もつて威力を用いて会社の業務を妨害したものであるというのである。

第二、争議の経過

株式会社毎日放送はラジオおよびテレビの放送事業等を営業目的として昭和二五年一二月二七日に設立された会社で、大阪市北区堂島船大工町に本社を設け、東京に支社を置くほか、吹田市山田下二九七番地にスタジオ(千里丘スタジオ)を構え、同所において放送番組製作等の現場業務を行なうもの、毎日放送労働組合は昭和二八年二月二八日に右会社従業員をもつて結成され、組合本部事務所を千里丘スタジオ別館内に置くもので、本件当時の組合員数は、会社従業員六七六名中約五〇〇名、千里丘スタジオ関係では四六七名中約三〇〇名であつた。

組合は昭和四〇年二月一三日の代議員大会において、一律八、〇〇〇円の賃上げ、査定廃止、年齢給等を骨子とする賃金に関する要求事項を決議し、これを二月一五日の団体交渉で会社側に提示し、三月一日に回答するように申入れたが、同日には会社から何らの回答が得られなかつた。組合は三月一六日頃には開催された春斗臨時組合大会において、賃金に関する右要求に加え、すでに団体交渉が行なわれていた週休制の確立、休日出勤に対する割増賃金の支給を求める休日協定の締結のほか、住宅手当の新設、家族手当、宿泊手当等諸手当の増額および勤務に関する協定締結の要求を採択し、諸手当増額の要求は三月二三日に、勤務に関する協定締結の要求は四月一六日にそれぞれ会社に申入れたが、これよりさき三月二〇日には組合員の九〇パーセントないしそれをこえる賛成投票をえて右要求貫徹のためのストライキ権を確立するとともに、そのころ中央斗争委員会を設けて争議戦術等の協議決定、争議行為時における組合員の指導等にあたることになつた。本件当時、被告人森口は組合執行委員会委員で中央斗争委員会委員、被告人小山は中央斗争委員会委員、被告人北中同久坂はいずれも組合員であつた。

会社と組合は団体交渉を重ね、会社は三月一一日に休日協定に関して一時間につき割増率一・三、三月三一日には賃金協定に関して定期昇給一、八一二円、カーブ修正による増額四五二円、合計平均二、二六四円、四月七日には一律一、六一〇円の賃上げ、定期昇給、カーブ修正を含め平均三、八七四円、四月二三日には宿泊手当に関して宿泊一日につき四〇〇円から五〇〇円に増額、四月二七日には休日出勤の割増率一・三、八時間をこえるときは一・四という会社案をそれぞれ組合に示したが、いずれも組合の受けいれるところとならず、その間組合は三月二五日から千里丘スタジオを中心にたびたび部分スト、時限ストなどを繰り返し、五月六日から九日までは連続してストライキを行ない、この間に本件が発生した、その後会社は五月二〇日から二五日までロックアウトを行ない、労使関係は最悪の状態に立ちいたつたが、それまで団体交渉に出席しなかつた社長が直接交渉にあたつたこともあつて事態が好転し、六月一九日には賃金、諸手当について労使間に妥結をみて仮調印が行なわれ、かくて昭和四〇年春斗は事実上終結した。(以上の事実については、佐々木文平の司法警察員に対する供述調書、証人石浜俊造の当公判廷における供述。)

第三、「ママの育児日記」放送に対する抗議行動(被告人らの行為)

(一)  組合は五月五日夜の中央斗争委員会において協議した結果、(イ)五月九日に行なわれる毎日マラソンのテストのため、五月六日に放送中継車が千里丘スタジオから出発するのをピケツトによつて阻止すること、(ロ)五月五日夜千里丘スタジオで宿直した組合員は、五月六日午前九時五五分から放送中継車前でピケツトをすること、(ハ)毎日マラソン中継スタツフである組合員は、同日午前一〇時から夜一二時まで放送中継車前でピケツトをすること、(ニ)その他の千里丘スタジオ内の全組合員は、同日正午から一時間ストライキを行ない、放送中継車前に集合することをとり決めた。

右のような中央斗争委員会の決定にもとづき、五月六日午前九時五五分頃から組合員によつて千里丘スタジオ外録準備室わきに駐車中の放送中継車前でピケツトが行なわれたが、一方同日朝組合事務所において中央斗争委員が再度協議した結果、さきの決定どおり同日正午から午後一時までの全面ストライキを行なう場合には、同日午後一時から三〇分間放送が予定されている「ママの育児日記」(以下、本件番組とよぶ)の打ち合わせ、リハーサル等が不十分となり、良好な放送成果をあげられない虞れがあるため、全面ストライキを三〇分延長して正午から午後一時三〇分まで行なうこととし、あわせて右番組が代替要員である管理職員によつて放送されるのを防止するため、同番組の製作されるDスタジオおよびD副調整室でピケツトを張ることを決定し、午前一一時すぎ頃右ストライキの実施を会社に通告した。

本件番組は雪印乳業株式会社提供にかかる教養番組で、毎週木曜日の午後一時から午後一時三〇分まで生放送され、これまで三一〇回継続したものであり、五月六日には講師吉岡佐と母親、アナウンサーとの対談等のほか特別番組として人形劇を入れることになつていた。同番組の製作担当者は、プロデユサー、デイレクター、カメラコントローラ、スイツチヤー、ミキサー、サウンドエフエクト、オーデイオアシスタレント、フロアデイレクター各一名、ライトマン四名、カメラマン三名で構成され、右のうちプロデユサーは管理職員(副部長)で非組合員、ライトマン中二名は下請会社の従業員で非組合員であるが、その他の担当者はいずれも組合員であつた。

ところで、会社と組合との間には争議に関する協定がなく、組合はストライキ開始直前になつて会社に通告し、また突入後に通告することもあつた。このため、会社は組合対策の一環として昭和三八年三月頃大幅に課長職をふやし、これら管理職員によつて放送業務を遂行することとし、抜き打ち的にストライキが行なわれた場合においても放送業務が停止しないように対策を講ずる機関として、局長、次長などで構成される放送本部を設置し、管理職員を組合員たる放送スタツフの代替要員に指定していたのであり、本件番組の場合、代替要員としてつぎのように管理職員をそれぞれ配置していた。

すなわち、

デイレクター      渡辺洪(プロデユサー、副部長)

カメラコントローラー  吉野徳義(技術製作部照明課長)

スイツチヤー      抱照正(技術製作部撮影課長)

ミキサー        佐伯昭(技術製作部副部長)

サウンドエフエクト   田辺純一(技術製作部部長)

オーデイオアシスタント 原仙之助(美術部副部長)

ライトマン       大西朝夫(技術製作部チーフT・D、課長)

フロアデイレクター   瀬木宏康(プロデユサー、副部長)

カメラマン       中西俊雄(技術製作部チーフT・D、課長)

同           中川靖雄(技術製作部中継課長)

同           金子義一(技術製作部副部長)

これらの管理職員は、ストライキが行なわれる場合に備えて五月六日午前中からDスタジオおよびD副調整室につめかけ、リハーサル等をながめて待機していたところ、午前一一時五五分頃中央斗争委員高木寛がDスタジオおよびD副調整室の組合員に対し正午から午後一時三〇分までストライキに入る旨を通知し、正午頃には組合員である番組担当者がそれぞれ持場を離脱したので、管理職員がDスタジオで協議した結果、人形劇の撮影には高度の技術を要するため、代替要員では所期の成果をあげえないということでこれを取り止め、その分だけ吉岡講師との対談の時間を延長することにした。(以上の事実については、吉田悦造の検察官に対する供述調書(以下略)。

(二)  五月六日正午前頃、Dスタジオにピケツトを張るため被告人小山ほか組合員二名が同スタジオ東側出入口から同スタジオ内に入つたが、間もなく同所に居合わせた太田孝庶務部副部長が同出入口扉に施錠したため、その後に右扉前に到着した被告人北中ほか約六、七名の組合員はスタジオ内に入れず、扉の外側でしばらくピケツトを張つた。午後〇時二〇分頃、組合員約三〇名がD副調整室にピケツトを張るため同室につめかけたが、当時同室には佐伯副部長および大西課長の管理職員二名がいたのみで、他の管理職員はDスタジオで打ち合わせ等を行なつていた。佐伯副部長は組合員がD副調整室にピケツトを張ることを察知し、インカムを通じてDスタジオ内の中川課長に対しD副調整室に来るよう連絡し、これに応じた中川課長およびD副調整室の状況に気付いた田辺部長、吉野課長がDスタジオからD副調整室に通じる階段やキヤツトウオークを通つて同室内に入ろうとしたが、いずれも組合員が扉前に群がつたため扉が開かず、室内に入ることができなかつた。そのため、Dスタジオ内の吉田悦造製作局次長と佐伯副部長がインカムで話し合つた結果、スタジオで使用するカメラを一台にし、副調整室内の佐伯副部長、大西課長の二名が同室の機械操作を処理することにし、右両名においてカメラ操作をテストするためスイツチヤーボタンを押すべく同室内のスイツチヤー卓に接近したところ、組合員約七、八名がいちはやく右スイツチヤー卓前に密集してスイツチヤー操作を強行しないよう説得したため、右両名は同室内のスイツチヤー卓を使用して行なうカメラ操作を断念し、大西課長はインカムでその旨をDスタジオ内の管理職員に伝えた。(以上の事実については、佐伯昭の検察官に対する供述調書(以下略))

(三)  本件番組の放送責任者である吉田次長は、D副調整室でカメラ操作を行なうことができず、そのためDスタジオのテレビカメラを使用できなくなつたため、いつたんは本件番組の生放送をあきらめ、これにかえてフイルム映画を放映することに決め、近くの毎日舞台事務所から電話でこの旨を放送本部に連絡したのであるが、Dスタジオに戻る途中Cスタジオの出入口扉が開いているのを見て、CスタジオからDスタジオにテレビカメラを持ち込んで本件番組の放送を行なうことを思いつき、Dスタジオに戻るやいなや佃芳郎製作局次長ほか管理職員と相談のうえ、Cスタジオからテレビカメラを持ち込んでカメラ操作はC副調整室で行ない、音量調整と照明はD副調整室で佐伯副部長と大西課長が担当し、総合調整は第一副調整室で行なうこととし、組合員に感付かれないように放送のはじまる直前頃にテレビカメラを持ち込むことに取り決めた。そして午後〇時五〇分頃、吉田次長、田辺部長、金子副部長、吉野課長、抱課長および鈴木敏哉制作管理部副部長らがCスタジオからテレビカメラ一台をDスタジオ西側出入口よりDスタジオ内に持ち込んだが、当然にカメラケーブル(直径約二、一糎)がDスタジオ西側出入口扉にはさまつてその分だけ隙間を残し、扉は完全に閉鎖しない状態になつた。Dスタジオ西側出入口扉の内側には防音シヤツターの設備があり、放送中はこれを降ろすことになつていたが、当時右シヤツターは故障のため下降不能で、あけられたままになつていた。なお、本件番組の放送にはテレビカメラ三台の使用が予定されていたが、一台しか持ち込まなかつたのは、付近に三台分のカメラケーブルがなく、これを他から取り寄せる場合には組合員に感付かれ、かえつて妨害を受ける虞れがあると判断したためであつた。

右のようにして、管理職員がテレビカメラを持ち込むのをD副調整室から目撃した組合員は、管理職員が組合員の行なう放送業務を代替して行なうことによつてストライキの効果を減殺しようとし、しかも十分なリハーサル等もなく僅か一台のテレビカメラで、スタジオ西側出入口扉に隙間をつくつたままの状態で放送を強行しようとするのに対して抗議することに話しをまとめ、その場にいた高木中央斗争委員が放送中継車前のピケツト現場にいた石浜中央斗争委員長に対し、管理職員による右の代替行為を報告するとともに組合員の抗議の要望を伝えた結果、同委員長は本件放送を中止させるためにDスタジオ西側出入口前で抗議行動をとることに決め、これを受けた各中央斗争委員が放送中継車前に集つていた各職場の組合員に対してDスタジオ西側出入口扉前に行くように指示した。この指示を受けた組合員は、被告人四名を含め約四〇名がつぎつぎと同所に集り、これら組合員は全員で抗議のため一斉に「がんばろう」という題名の労働歌を高唱し、手を叩き、「社長団交に出ろ」、「八、〇〇〇円よこせ」、「つまらん放送はやめろ」などとシユプレヒコールをはじめ、被告人森口は携行していた電気メガホンを用いて歌やシユプレヒコールの音頭をとり、他の組合員がそのスピーカーを扉の隙間に押しあてたりした。一方、放送を実施中の管理職員はこれに対処するため、スタジオ内の佃次長、田辺部長、原副部長、芝田真珠郎製作局副部長らが扉の隙間にカーペツトを押しあて組合員の音声が侵入するのを防ごうとしたが、組合員がスピーカーを上下に動かすのでこれを追つてカーペットを動かし、運搬車などを使つて扉が開かないようにおさえ、また渡辺デイレクターがアナウンサーに対し卓上マイクにかえて手持ちマイクを口許に近づけて使用するように指示し、さらに第一副調整室の籔田副部長に指示してバツク音楽を入れさせ、右の音声をできるだけ消そうとした。以上のようにして、組合員の労働歌やシユプレヒコールが放送に混入したのは、本件番組のコマーシヤルが終つた直後の午後一時一分三〇秒頃から午後一時七分五〇秒頃までの約六分二〇秒間であり(これが一時中断した後において、再び右とほぼ同時間の音声の混入が認められるが、これは被告人らによるものでなく、本件公訴の対象となつていない)、その間には後述するようにDスタジオ西側出入口扉が前後二回にわたり約二分間開かれ、総務局事務室からポラロイドカメラを携えてかけつけた太田副部長がDスタジオ内から組合員の抗議状況を撮影したことがあり、そのため労働歌やシユプレヒコールの放送への混入が一段と高くなつた。本件番組の放送は、組合員の右のような抗議行動にかかわらず管理職員によつて続けられて終了した。(以上の事実については、吉田悦造の検察官に対する供述調書(以下略))

第四、Dスタジオ西側出入口扉の開閉について

右扉の開閉については、検察官と被告人側の主張が鋭く対立し、事実認定の主要な争点となつている。すなわち、検察官は、田辺部長が反動をつけて扉を閉めるためにこれを開いたところ、おりからかけつけた太田副部長がスタジオ内に入り、その直後管理職員が扉を閉めにかかつたが組合員に押し戻されて大きく開いたため、太田副部長が持参してきたカメラで組合員の抗議状況を撮影し、再び力いつぱい閉めたもので、扉は組合員が押し開いたものであると主張するのに対し、弁護人は、太田副部長が扉を押し開けてスタジオ内に入り、一旦閉めたのち太田副部長が写真を撮るため田辺部長が再度扉を大きく開け、太田副部長が写真撮影をしたのちにまた閉めたもので、扉を開けたのは管理職員であると主張している。そして、扉の開閉に関する関係者の供述も、組合員が押し開けたとするものとこれを否定するものに分れているばかりでなく、扉が開いたのは一回であるとするものと二回であるとするものとがあつて、きわめて錯綜しているのである。

まず、扉が何回開かれたかについて検討すると、一回説の証拠としては、中川靖雄の検察官に対する供述調書、第一七回公判調書中証人佃芳郎の供述部分、第二七回公判調書中証人西尾諭の供述部分、被告人小山一吉の司法警察員に対する昭和四〇年八月九日付供述調書および検察官に対する同月一〇日付供述調書-二五枚綴りのもの、被告人北中勝の司法警察員に対する昭和四〇年八月九日付供述調書(「去る五月六日……」で始まるもの)および検察官に対する同日付供述調書があり、二回説の証拠としては、第一一、一二回各公判調書中証人田辺純一の各供述部分、第一三ないし一六回各公判調書中証人太田孝の各供述部分、第二六回公判調書中証人高木寛の供述部分、証人平野武の当公判廷における供述がある。一回説のうち、中川および被告人北中は、ともに太田副部長が扉からスタジオ内に入るのを目撃しておらず、また証人佃も扉が開かれる瞬間を現認していないのであるから、いずれも決定的な証拠とはなりえず、被告人小山は扉の開いた角度は約四五度であつたと供述しているが、押収してあるポラロイド写真原板および前示現場写真によると、扉が大きく開かれたときの角度は七、八〇度に達していたことが明らかであつて、この角度の差異は視覚的にはつきり見分けがつく程のものと考えられるから、被告人小山の右の供述部分は扉が最初は開かれたときのことを感違いして述べているのでないかとの疑いがあつて、これもそのまま信用することはできない。他方、二回説のうち、証人田辺、同太田の各供述はともかくとして、証人高木および同平野の各供述は、同人らが扉の外側およびD副調整室からそれぞれ目撃したところを供述したものであり、その供述内容はいずれも詳細であるうえ、両者の内容はほぼ一致していて信用性が高いものと認められる。以上の各証拠を比較検討してみると、扉は前後二回開かれたものと認めるのが相当である。

つぎに誰が扉が開いたかについて検討する。証人田辺は、「(自分が)反動をつけてドアを閉めるべくドアを開きました……約九〇度近かつたと思います……(開かれたあと)庶務の太田副部長がはいつてきまして……ドアから三メートルぐらい離れたところで写真機を開いているドアの方に向けて写真をとつておつたと記憶しますけど、その間に誰かが開いているドアを閉めてそれが再びはねかえされたというようなこともうすぼんやりと覚えておりますが、それが誰であつたかというふうなことは記憶しておりません」と供述し、証人太田は、「(Dスタジオ西側出入口に行つたとき、扉は)あいていました……(そのとき扉は)九〇度要するに中に対して全部開いておつたことになります……ただちに扉を閉めようと思いまして扉を閉めにかかりました……はつきり記憶しておりませんが八割程度はしめたと思います……結局また(組合員に)押しもどされましたのでまた九〇度位あいてしまいました……閉めて音を消そうという努力がむだになつたもんですから写真をとりました」と供述するのに対し、証人高木は「(太田が)ドアをあけたのか中からあけられたのかわかりませんけれども中へはいりました……(ドアをあけた幅は)人間一人通れる分ぐらいですね……太田副部長がはいつてすぐしまりました。それからしばらくして割合早かつたと思いますがドアが開きました……内側から開かれまして七〇度から八〇度くらいかなり大きな角度で開きました……(扉が開いてからどういうことがあつたかとの質問に対し)そこで太田副部長が写真をとろうとしていること、田辺部長がそばにいたということですね」と供述し、証人平野は、「扉が少しあいてきて太田副部長が割つて入つてきました……中の人はあけまいとしているようで太田さんが自分で強引に割り込んではいつてきたような感じでした……人間がはいれる程度に開きました……(開いた扉は)一度閉まりました……それは(扉を閉めたのは)田辺さんだと思います……(太田さんは)中へはいつてなんか指図したようにカメラを構えました。そしてそのカメラ構えると同時にドアが田辺さんによつてあけられました……その時にほとんど全部開いたようでした」と供述しているのである。

検察官は、証人田辺および同太田の供述がおおむね一致しており信用すべきものと強調するが、右両証人の供述は、太田が写真撮影をした時点というかなり重要な点に関してくいちがいがあるばかりでなく、証人田辺は当初捜査官に対して自分が扉を開けたことを秘し組合員が開けたと供述していたことが同人の証言によつて認められ、また証人太田も労働委員会に証人として出頭した際には、自分がスタジオ内に入つてから、扉は四五度位閉つたと証言していたにもかかわらず、法廷ではこれを飜して八割位閉つた旨供述したことが同人の証言によつて認められるのであるから、このように証拠が錯綜している場合に右のような事情を有する者の供述を直ちに信用することはできないし、しかも右両名とも組合員が扉を押しあける瞬間を現認したわけでもないのである。さらに、前示現場写真四枚、押収してあるポラロイド写真原板から窺われる組合員の位置、態勢および扉の大きさ、重量等のほか、扉が開かれたときの組合員の位置関係についての証人田辺の供述等を考察してみると、証人太田の供述するように八割がた閉つた扉を組合員が九〇度近くまで押し開くということは、たやすく理解できないところである。また検察官は、本件行動の意図および扉が開かれる直前組合員が扉を押していたことからも、組合員が扉を押し開けたことを推認できるとするもののようであるが、本件行動の意図は放送阻止にあつたものでなく判示のような放送に対する抗議と中止の説得にとどまるものであつたことは後述のとおりであるし、また証人田辺、同西尾の供述によつて、組合員のなかに管理職員が扉の隙間にあてたカーペツトを抜きとつた者のあることが認められるにしても、それ以上に組合員が扉を押していたと明言するのは証人田辺の供述以外にはなく、しかも扉が開かれる直前に組合員の最前列で暫時組合員とマイクの線のとり合いをしたという証人太田にしても、そのとき組合員が扉を押していたとは供述していないのであつて、これらの点から見ると証人田辺の右供述を採用するには多分に躊躇せざるをえず、いずれにしても組合員が扉の外側からこれを押していたと認めるに十分な証拠は存しない。

これに対し、証人高木、同平野の供述は、前示のとおりその目撃の位置や供述の内容から信用性が高いと認められるのであり(検察官は、証人高木の供述と証人平野の供述とは写真を撮るため田辺が扉を開いたとする点に関してくい違いがあるというが、証人平野は副調整室にいたためスタジオ内の田辺、太田の動静を現認できたのであり、証人高木は扉の外側にいたため、これが閉つていた間のスタジオ内の状況を知ることができなかつたにすぎず、供述にくい違いがあるというほどのものでない)、右供述によると、総務局事務室からポラロイドカメラを携えてかけつけた太田副部長がDスタジオ西側出入口扉を人ひとり通れる程度に押し開けてスタジオ内に入り、これを田辺部長が一旦閉めた後間もなく写真撮影のために扉を再び七・八〇度位に開き、太田副部長が右カメラで組合員の抗議状況を撮影したものと認めるのが相当であり、Dスタジオ西側出入口扉の開閉は管理職員によつて行なわれたものと認定すべきである。

第五、被告人らの行為の構成要件該当性

(一)、弁護人は、刑法二三四条の「威力」の概念はきわめて不明確であり、裁判官の主観によつて不当に拡張して解釈される虞れがあるため、右規定は罪刑法定主義を規定した憲法三一条に違反すると主張する。憲法三一条は正当手続の保障とともに罪刑法定主義を宣明したものと解すべきであり、また罪刑法定主義は犯罪構成要件の明確性を要求するものであることは弁護人主張のとおりであるが、およそ刑罰規定は将来発生しうる種々の違法行為に対する適用を予想して抽象的一般的な形態をとるのが通常であるから、この点のみをとらえて罪刑法定主義に反するということはできない。刑法二三四条について考えると、同条の「威力」とは判例、学説により「人の意思を制圧するに足りる勢力」と解され、過去幾多の判例が蓄積されており、また刑罰規定の類推適用を許さないのが罪刑法定主義の重要な内容をなすものであるから、解釈上自らその限界があり裁判官の主観によつて左右されるものとはいえない。したがつて刑法二三四条の規定は罪刑法定主義を定めた憲法三一条に違反するものでないから、弁護人の主張は採用できない。

(二)、弁護人は、刑法二三四条の「威力」は業務主体に働きかけてその意思に何らかの反応・作用を及ぼすことを必要とするが、本件において被告人らは歌声やシユプレヒコールにより放送に騒音を混入したとされているにすぎず、したがつて被告人らの行為は右規定にいう威力を用いた場合にあたらないと主張する。刑法二三四条の威力とは、前示のとおり人の意思を制圧するに足りる勢力をいうのであるが、ある行為が右の勢力にあたるかどうかは行為の態様、四囲の状勢等を総合考慮して判断すべきであり、また同条は業務の執行または経営を保護するものであることからみて、ある行為の必然の結果として右のような勢力を用いたことになれば足るのであり、必ずしもその勢力が直接現に業務に従事している者に対して向けられることを要しないと解すべきである。被告人らの抗議の対象となつたものは、放送会社の生放送であり、これに騒音を混入するのは当該放送の商品としての価値を毀損することにほかならず、また被告人らの行為は、約四〇名の組合員が隙間のある扉の外側からではあるが、電気メガホンで音頭をとつて労働歌の合唱やシユプレヒコールをし、あるいは拍手をしてこれらの音声を六分余りにわたつて生放送に混入させたものであつて、業務の内容、行為の態様、スタジオ内外の状況、騒音の混入状況等を総合考察すると、被告人らの行為は威力を用いた場合にあたるものと認めるのが相当である。

(三)、弁護人は、管理職員による本件番組の放送遂行はいわゆるスト破り行為にほかならず、本件番組の放送は組合のストライキにより本来遂行できなくなつたものであるから、刑法二三四条によつて保護される業務に該当しないと主張する。しかし、組合がストライキを行なつた場合においても、会社は業務の休止を忍従しなければならないものではなく、権利の濫用にわたらないかぎり管理職員らを使用して業務を継続遂行する自由を有するものであるが、本件における管理職員による放送遂行は、その実質においていわゆるスト破り行為といえないことはなく、この点は行為の違法性の評価に際して考慮すべきものとしても、管理職員によつて遂行される放送は、刑法二三四条によつて保護される業務にあたると解するのが相当である。

(四)、弁護人は、本件番組の放送はストライキのため本来中止されるべきであつたのに管理職員がこれを強行し、しかもその方法は、他のスタジオからテレビカメラを持ち込んで行なうものであつたためケーブルをはさんで扉が完全に閉らず、また防音シヤツターも故障で降りないというきわめて不完全な状態におけるものであつたから、被告人ら組合員としては管理職員による右のような放送に対する抗議と中止の説得のために判示のような行為をしたにすぎず、放送に音声が混入したとしても、それは会社側に当然予想されるべき結果が現実のものとなつたにすぎず、しかも会社側において当然尽すべきことを尽さなかつたために生じた結果にほかならないから、被告人らの行為と本件結果との間に因果関係がないと主張する。本件が右のような状況のもとに発生したことは弁護人のいうとおりであり、この点も行為の違法性の判断に際して考慮されるべきものであるが、被告人ら組合員の行為は、生放送中のスタジオの出入口でのものであり、これと騒音混入との間には直接的なつながりが認められるから弁護人の主張はあたらない。

(五)、弁護人は、被告人らには生放送中であつたことの認識または被告人ら組合員の音声が放送に混入することの認識がなかつたと主張する。しかし、被告人小山、同北中は、D副調整室内のモニターテレビで本件番組が放送されるのを現認したのち、Dスタジオ西側出入口扉前における行動に参加しているのであるから(被告人両名の捜査官に対する供述調書)同被告人らが生放送中であることの認識を有していたことは明らかであり、また被告人森口、同久坂についてもさきに認定したように同被告人らを含む組合員がDスタジオ西側出入口扉前に集合するにいたつた経緯および同所における組合員の言動からみて、同被告人らが本件番組の放送中であることの認識をもつていたものと認めるべきであり、被告人四名はいずれも労働歌、シユプレヒコール等が放送に混入するについて少なくとも未必的な故意を有していたものと認めるのが相当である。

以上検討したところからみて、被告人らの行為はいずれも威力業務妨害罪の構成要件に一応該当するものと認められる。

第六、被告人らの行為の正当性

被告人らの行為は、会社と組合との争議を前提とし組合の指令にもとづいてなされたものであつて、これが争議行為にあたることは明らかである。そこで被告人らの行為が労働組合法一条二項所定の争議行為として正当なものにあたるかどうかについて検討する。

(一)、まず被告人らの行為の目的について考察する。本件で争議行為としてその正当性が検討されるべき行為は、被告人四名を含む組合員約四〇名のDスタジオ西側出入口扉前における労働歌の合唱、シユプレヒコール等により約六分二〇秒にわたつて右音声を本件番組の生放送に混入させたとの点に限定されることは起訴状記載の公訴事実に照らして明らかである。本件争議は、賃上げ、諸手当の改善、週休制の確立等組合員の労働条件の是正をはかり、その経済的地位の向上を目的としたものであり、ストライキは右の諸要求実現のため団体交渉の場において労使の実質的平等を確保するためのもので、本件行為は争議行為の派生的な一環として行なわれたものであり、その直接の目的としたところは、管理職員が劣悪な条件のもとで放送業務を強行することによつて組合の行なうストライキが実効を失うにいたるのを防止するため、管理職員による本件番組の放送に抗議し、これが中止を説得することにあつたと認めるのが相当である。

検察官は、本件行為は放送そのものを阻止することにより、会社の業務運営を阻害することを目的としたものであると主張するが、もし組合員が放送阻止を目的としたものであれば、本件のような行動に出ることなく、Dスタジオの扉を押し開いてスタジオ内に入り、カメラケーブルをはずし電源を切る等の方法により確実かつ容易にこれを実現しえたにかかわらず、このような行為に出ることなく前示のような行為の程度に終始しており、しかもこれはあらかじめ計画されたものでなく突発的に決定指令されたものであること等を総合すると検察官の主張は相当でなく、さきに認定した本件行動の目的は争議行為の目的として正当なものであるということができる。

(二)、つぎに被告人らの行為の態様について考察する。ピケツトの手段、方法についてそれが許される限界に関しては争いがあるが、ストライキは使用者に対する集団的労務提供拒否をその本質とし、憲法の保障する労働基本権にもとづく争議手段であることにかんがみると、暴力の行使をともなう場合や使用者の財産権に対し直接著しい侵害を与える場合、さらには使用者が自らまたは他に労働力を求めて業務を継続しようとし、これに応じて就労を希望する者に対し実力を用いて一方的かつ完全にこれを阻止すること等は、ピケツトの手段方法として許されるものではないが、使用者側や説得の相手方がかたくなに組合側の要求に応じない場合、またはピケ破りのために暴力が用いられるような場合等にも穏和な説得にとどまるべきものとすれば、組合は説得の機会すら失いストライキの失敗を坐視するほかなく、かくては憲法の保障も有名無実に帰することが明らかである。したがつて、右のような場合には、少なくとも説得の場を確保するために暴力の行使にいたらないかぎりある程度の実力的行動に出ることは必要やむえない処置として容認されるものといわねばならず、これを要するに、説得という以上それは平和的穏和的なものにかぎられ、いかなる場合にも一切の有形力の行使が許されないというような観念的固定的な解釈によるべきでなく、すべからく争議の経過、状況およびピケツトの対象と相手方の態度等諸般の事情を総合考慮したうえで説得行為の許される限界を決すべきものである。

右のような立場から本件をみると、検察官は、管理職員は従前から非組合員として会社の管理業務に従事していたもので、管理職員による代替放送は組合員の団結権争議権を侵害することのみを目的としたものといえないと主張するが、会社が管理職を増設した目的、経緯および争議中の役割等についてはさきに判示したとおりであつて、本件では管理職員が本来の管理的職務を行なつたものではなく、組合員の行なう業務を代替して行なつたものであるから、本件における管理職員の性格はストライキ中に臨時に雇傭されるスキヤツプに近く、組合員の団結権争議権を侵害する効果をもつことは否定できないのであり、このような場合、組合員らが同じ職場の労働者として連帯感に訴えて飜意を求め、説得のために放送の終局的阻止または暴力の行使にいたらない程度の実力的行動をとることが許されるものというべきである。

被告人ら組合員が本件行動でとつた手段、方法は、すでに再三判示したとおり、放送を強行する管理職員に対する抗議と放送中止の説得としてDスタジオ西側出入口扉前で電気メガホンを用いて音頭をとり、労働歌の合唱、シュプレヒコール、拍手を主体とする行動に終始し、せいぜいスピーカーを扉の隙間に押しあてたにとどまり、その間管理職員である太田副部長のDスタジオへの入室を妨害することもなかつたし、また前示のような扉の開閉があつたのち間もなく引きあげており、抗議行動の時間も比較的短く、さまで執拗なものとも認められないのである。本件行動が単なる説得にとどまるものでなく実力的行動にあたることはいうまでもないが、それは管理職員によつて行なわれる放送の中止を説得するためになされたやむをえざる行為で、いまだ防衛的消極的性格を失わないものというべきである。

つぎに、被告人らの本件行動が放送に与えた影響、すなわち放送に混入された騒音の程度について考察する。押収してある録音テープ一巻によると、本件放送に騒音が混入したのは、すでに判示したとおり約六分二〇秒間であるが、騒音の程度は扉が開閉された前後の約二分間が著しく、その間はアナウンサー、出演者らの声が聞きとりにくいほどであるが、それ以外の部分ではやや耳障りであるがアナウンサーらの音声は明瞭に聴取できるのである。そして、扉の開閉が管理職員によつて行なわれたものであること、管理職員がカメラケーブルのために扉に隙間を残したまま、しかも防音シヤツターが故障のため降りない状態において放送を強行したこと等、会社側のきわめて非常識で軽卒な措置に加えて、騒音を消すために加えられたにしてもバツク音楽の音量が放送を聞きとりにくくしていることを否定できないこと等を考慮すると、本件放送に対する騒音の混入によつて会社の受けた損害がすべて被告人らの本件行動によるものということはできず、本件行動による影響は軽微なものということができる。

また検察官は、被告人らの本件行動によつて会社の放送業務が著しく阻害されたとし、本件番組の視聴率が通常は約四パーセントであつたのに、本件当日放映開始五分後位から急に〇・七ないし一パーセントに激減し、会社は本件番組のスポンサーである雪印乳業株式会社に対し五〇万円相当の補償をした事実を挙げている。本件番組の視聴率低下については渡辺洪の検察官に対する供述調書に、スポンサーに対する補償については三浦一繁の供述に関する合意書面にそれぞれその旨の記載があるけれども、視聴率調査の正確性や信頼性は必ずしも明らかでないし、スポンサーに対する補償にしても、右合意書面によると、雪印乳業株式会社の要求によるものではなく、同会社との新番組の契約料金から五〇万円程度値下げをしたが、この値下げによる補償については雪印乳業に明示していないというのであり、さらにこの五〇万円程が本件番組広告料においてしめる割合が不明であるから、これが補償額として妥当なものであつたかの点も必ずしも明確でない。のみならず、本件番組は当初の計画と異なり、人形劇を中止し、三台のテレビカメラを使用すべきところ一台のみを使用して不完全な放送をしたことも、視聴率の低下やスポンサーへの補償と無関係ということはできないのである。これらの諸事情に前項で説示したところを併せ考えると、被告人らの本件行動によつて会社側の蒙つた損害は、検察官の指摘する程度をかなり下回るものというべきである。

以上縷々検討したところによると、被告人らの本件行動はその態様においても正当性の限界をこえるものとは認められない。

第七、結論

右のとおり、被告人らの行為は、その目的、態様その他諸般の事情に照らし正当な争議行為と認められるので実質的違法性を欠くこととなり、被告人四名について多数の組合員との共謀による威力業務妨害罪は成立しない。したがつて、被告人四名に対し刑事訴訟法三三六条によつていずれも無罪の言渡をする。

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